空には雲が浮かび、ゆっくりと形を変えながら東に流れていく。
そんな空をぼんやりと見上げながら、ふと先日の左大臣の愛娘、星の一族の末裔とやらの少女の話を思い出していた。
「もっと八葉としての自覚を持ってくださいませ。八葉と神子様が協力しなければ、京は鬼の手に落ちてしまいます。友雅殿はそうなってしまってもいいとおっしゃるのですか?」
そう必死に訴えかけてくる少女を前にして、私はあれでも本音を言っていないつもりだったのだがね。
馴れ合いと協力とは違うものだ。
協力しないことはないが、馴れ合うつもりはない。そんな必要もないと思う。
馴れ合いたいものは馴れ合えばいいが、こちらを巻き込まないでほしいものだ。
私は遠巻きに見ていたいのだよ。
つまらない日常に現れた、嵐のような一瞬を。
ただ、京を守るという行為が、つまらない日常を繰り返すことになるのなら。いっそ、この京が鬼の手に落ちてみるのも面白いかもしれない。
ふと、控えめな足音に気づく。
「友雅様、治部少丞殿がお迎えに見えております。本日はお出かけのご予定がおありでしたでしょうか」
女中は友雅にそう訊ねるが、友雅には思い当たる節はない。
「・・・・・・・・・」
迎えに来たというのだから・・・・・・仕方がない。
「あぁ、忘れていたね。では少し出てくるから」
友雅は立ち上がると、あたかも事前に予定が組まれていたかのようにふるまった。
治部少丞、鷹通が八葉の役目以外の用件でここへ来るとは思えない。
自分が協力するつもりの時は良いのだが、やる気のない時に来られても正直、さらに気持ちが削がれるだけだ。
しかも面会ではなく、迎えに来たと言うのだから、この場で追い返すこともできないではないか。
そんな者を追い返す理由を作るのも、嘘の理由に縛られて動くのも御免だね。
それならば八葉の役目とやらに、一時身を委ねてみよう。と、そんな気の持ちようで門を出た。
「鷹通さーん」
花が咲き乱れる庭を、袴の裾を朝露で濡らしながら歩いていると、少女の声に呼び止められた。
「おはようございます。神子殿」
今日は、彼女と同行できればと思い顔を出した。否、今日だけではない。
鷹通はこのところ毎日顔を出しているのだが、八葉の役目の中で彼の対にあたる男が、全く姿を見せないのだ。
鷹通と対の男、橘友雅は噂通りの男のようで、先日話し合いの時間を設けようと、予定を取り付けようとしたが、仕事場でも橘邸でも捕まえることができなかった。
そこで今朝橘邸に使いを出したところ、友雅が在宅だったためその折を伝えに来たのだ。
神子も、友雅に協力の色が全く無い事を気にしていたこともあり、神子から友雅に直接役目の話をするのも良いだろうと鷹通は思っていた。が、
「それなら今日は友雅さんと一緒に、吉祥院天満宮にいきましょう」
神子は思いもよらないことを言ったのだ。
ここは一度協力を仰いで、予定を取り付けてから後日役目を、と・・・・・・思っていた鷹通だったが、ここは張り切っている神子殿に任せてみようと、二人牛車に乗り込んだ。
友雅の噂は神子の耳にまで届いているようで、彼女は彼のことをたいそうな暇人だと思っているようだ。
「友雅さんが少し手伝ってくれれば、あとの怨霊退治とかは天馬くんとか頼久さんとかがいるから、ホントに少しだけでいいんだよねー。今日だけなら、めんどくさがりな友雅さんでもなんとかなるかな。なりますよね?」
独り言からいきなり振られた鷹通は、神子の「今日だけ」という言葉で、友雅の連れ出し方を思いついた。
「では、私が友雅殿を連れてまいりましょう」
とは言っても、彼が素直に出てきてくれるかは分からない。
否、むしろ追い返されるか、はぐらかされる可能性が高いと判断した鷹通は
「え?私も行きます」
と無垢な瞳で言う神子が、友雅に直接、もしくは間接的に断られる。という機会を与えたくはなかった。
「いえ、事前に話を通していないので、私一人の方が良いでしょう」
我ながら、理由も何もない、説得力のない言葉だと思ったが、京のことをまだよく分かっていない神子殿は、こんな言葉でも納得してくれたようだ。
「じゃぁ、待ってますね」
神子のその返事から間もなく牛車は止まり、鷹通は神子を一人牛車の中に残して、橘邸の前に立った。