屋敷を出ると、そこには牛車と鷹通が立っていた。
友雅は連れの者を引かせて、待っている鷹通を見ると彼は涼しい顔でこちらを見ていた。
「どうぞ」
素っ気無く言う鷹通に従って牛車に乗り込むしかない友雅は、簾を上げようとする鷹通に聞こえるか聞こえないかというほどの小さな声で言う。
「こんな無粋な真似をするとは、神子殿からの命かな・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
鷹通はその言葉に何を言うでもなく簾を上げる。
「今回はもう済んだことだが、今後もと考えているのなら――」
牛車の中に人がいる。
一瞬言葉を止めて牛車に乗り込む。
今の言葉はどこまで牛車の先客の耳に届いただろうか。
否、聞こえていようと、これから口にしようとした言葉が神子殿の耳に入ろうと構わないか。
ただの鷹通への厭味のつもりだったのだがね。
「今後もと考えているのなら―― なんです?」
後から乗り込んできた鷹通にすかさず先を促される。
別のことを言おうと思えばいくらでも言葉が出てきたが、友雅は敢えて続けた。
「協力を控えさせてもらおうかな」
まったく、いやな男だね。
神子殿が居ることを敢えて言わなかったことといい、事前に予定が入っていたように振舞ったことといい、この男がこんなにもできる男だったとは
「えっ、八葉のことですか?八葉は八人揃ってないとダメだって藤姫ちゃんが言ってました。だから友雅さ」
「それは、鷹通に言ってやってはくれまいか」
神子の言葉を遮ってちらりと横に視線を移すと、鷹通は怪訝そうな顔をした。
「鷹通さんにですか?でも、鷹通さんは毎日のように顔を出してくれてますよ」
神子は意味が分からず首をかしげている。
「私はこれから神子殿のところへ赴くつもりだったのだが、春嵐のように私を急かすものだから興が削がれてしまったのだよ」
友雅は笑みの形の唇のまま、あながち嘘ではないことをこじつけてみた。
今朝は確かに神子のところに行こうとは思ったし、鷹通に急かされたのは多少なりと不愉快ではあったが、友雅の中ではもう済んだこと。これから蒸し返そうという気は全く無い。
「あ、それは私が悪いんです。今日は友雅さんと出かけるって私が鷹通さんに無理を言ってしまって・・・・・・。いやな思いをさせてしまってごめんなさい」
「・・・・・・・・・」
こうして素直に謝られると弱いね。
これでは、私が苛めているみたいではないか。
「神子殿、貴女の責任ではありません。私が勝手に行ったことですから、神子殿が気に病む必要はないのですよ」
おや、鷹通まで・・・。
「二人とも、私は怒ってはいないのだよ」
「いえ、お気を悪くさせてしまったこと、申し訳なく思っています」
鷹通が軽く頭を下げたのを見習って、神子もペコリと頭を下げた。
「・・・・・・」
少し大人気なかったかな。
―――・・・。
こういう時に素直に頭を下げることができるのは、少し羨ましいね。
私も今、少し悪いことをしてしまったと思っているのに、謝ることより、どうやってうまく切り返そうかと考えてしまっている。
謝罪という手段ではなく、二人の気を違うところへと向けられないだろうか、と。