熊野の地、肌を刺すような日差しの中で、八葉の最後の一人。
望美と同じ世界から来たという、有川将臣と出会った。
「―――っ」
僕の目に映った彼のその風貌は、驚くほどに似ていた。
平重盛に。
僕は今目の前に居る彼と同年代の頃の重盛は知らないけれど、彼が若き日の彼だと言われれば納得してしまうほどによく似ている。
彼は有川将臣と名乗った。
望美さん達より三年前にこの世界に―――。
三年前?
重盛が甦ったと言われ始めるより少し前。
それに不可解なことならいくつかある。
戦での平家の先読みの的確さは、裏切り者が居るとしか思えなかったが。
譲くんが以前、自分たちの世界の過去に同じようなことがあり、その歴史を学んだと言っていた事を踏まえると、
彼が――。
「………」
そう思ったところで苦笑した。
誰でも疑うのは、僕の悪い癖ですね。
ただ似ているというだけで、安否を願っていた望美さんの友人を疑うなんて。
「―――……?」
短く溜息をつく弁慶の目に止まったのは、皆が微笑ましく三人の再会を見守る中、一人だけ俯いている敦盛の姿だった。
「―――…」
平家出身の敦盛くんも僕と同じで、彼に重盛の面影を見ているのか、それとも先刻の疑惑は真実なのか。
やはり、怪しいですね。
何もなければそれで良し。調べてみましょう。
「………」
―――って。あぁー、何やってんですか九郎。あなたの為だっていうのに。
「俺は九郎だ。同じ青龍同士、これから頼りにしている」
と、九郎はキラキラした瞳で将臣に右手を差し出す。
「暑苦しいやつだなぁ」
将臣は苦笑しながらも九郎の右手を握る。
「何を言うこれが礼儀だろう」
またしても将臣を苦笑させた九郎は、満面の笑みを返した。
「………」
いくら望美さんの友人だと言っても、少しは背後を気にしてくれたら良かったんですけど。九郎ではそれも望めませんし。
将臣くんを疑っているなんて言ったら、きっと九郎は頑なに将臣くんを信用しようとするのは分かっているので黙っていますよ。もちろん
将臣くんが八葉だということは分かりましたが、行動を共にすることは出来ないようですね。勝浦に連れがいる。とのこと。
連れ……ですか、気になりますね。
一向は勝浦へ南下。
熊野川の氾濫について調べながら、弁慶は将臣の行動を探ろうと試みる。しかし、どちらも有益な情報は得られなかった。
勝浦にいると言った将臣も向こうから姿を現す気配は無い。
望美さんは頻繁に会っているようだからその所為かも知れないけれど。
観光に来たのなら一度や二度会いに来てもおかしくはないというのに。
「―――」
できればこの手は使いたくはなかったのですが……明日は一人で出かける望美さんを尾行してみましょう。
一人で出かけるときは将臣くんと会っているでしょうから。
朝 賑わいを見せ始めた勝浦の町を望美は真っ直ぐに港へ向かっていく。
弁慶は望美を見失わないよう距離を置いて後を追うが、込み合い始める港人に溢れ、大きな荷物を引く商人を避けた一瞬に望美の姿は消えていた。
向かっていた方向を考えると、望美さんは港を目指しているようですね。
もうすぐ港に出るので行ってみましょう。
人ごみを避けて港に出た弁慶が辺りを見渡す一瞬前に、既に望美たちはこの港を後にしていた。
「………」
港には居ませんか。
本当は誰かに訪ねてもいいんですが、人へと伝わってしまうと厄介ですからね。
「………」
ここは出直しましょう。
川の氾濫のことでもう少し調べないと…。
勝浦では外から来た人が多くて、有益な情報があまりないですから。今日は北上してみましょうか。
弁慶は軽く溜息をついて、再び町の雑踏の中を歩く。
はぁ、黒い衣って暑いんですよね。いっそ女性のように笠を被って歩きたいくらいですよ。