人ごみを抜けて那智大社を過ぎていくと。
「―――?」
なにやら人だかりができている。
舞殿ですか。
有名な方でも舞うのか皆さん随分熱が入っていますね。
楽が始まると、桃色の衣がふわりと空を舞う。
人だかりから離れたところから見えた女性は、望美だった。
「!」
望美さん?
そういえば、京で雨乞いの儀を行なったときに舞っていたと言っていましたが、まさかこの舞を舞うとは……。
……、―――。
今では舞われる事のなくなったこの舞を知っているのは、ほとんどが平家の者。
平家の者に舞を教わったとしか……。
「………」
乱れる――?
覚えたての舞の歩調が一瞬崩れて、堂々としていた姿勢が崩れ始めた。
直後、舞殿に一人の男が現れて袖を振る。
その姿は――
「と―――!」
突然の出来事に驚き、咄嗟に彼の名前が口から出そうになったのを寸でのところで抑える。
珍しく軽い動揺を見せた弁慶は、物陰に隠れてじっと舞が終わるのを待った。
「………」
あれは…平知盛。なぜ望美さんと?
しかも望美さんは突然現れた知盛を警戒している様子はなかった。おそらく、同行していたのでしょうね。
有川将臣と。
そして、あの舞は知盛に教わったのでしょう。
「……!」
舞を終えた望美と知盛が向かったのは、将臣の元。
仕方ないですね。望美さんは知盛のことを知らないのだから。まさか平家の将とは思わないでしょう。
ですが、これで有川将臣への疑いは、確信になりました。
三年前に甦ったとされる平小松内府重盛は有川将臣と同一人物だった。
これだけ似ていれば、本人に仕立て上げたい清盛の気持ちも分かりますけどね。
しかし、将臣くんは知っているんでしょうか。望美さんが源氏の神子だということを。
―――気づいていないと良いのですが。
「え。将臣くんが?」
「し――、声が大きいですよ」
「ご、ごめんごめん。だって――。でも、もしそれが本当だったら。俺たちは将臣くんを――」
皆が寝静まった縁側で今日見たことを景時に伝えた。
「そういうこと、ですね」
将臣が還内府なら、討たなければならない相手だ。
いくら彼が有川将臣であっても。
「………将臣くんなんだよ?」
弁慶の決意を感じたのか、景時は切なげな表情で弁慶を見る。
「えぇ。分かっています。望美さんと譲くんには悪いですが――。将臣くんは、還内府として……―――僕が討ちます」
九郎の為に。
「そう、ならないといいね」
切に願うように、景時は欠けた月を見上げる。
「もしもの時には頼みますね。景時」
「密談なら外でするんだったな」
九郎の声がして、弁慶と景時ははっと顔を上げた。
「将臣が還内府?なに馬鹿なことを言ってるんだ」
廊下の隅から出てきた九郎は妙に落ち着いていた。きっと随分前から聞いていたのだろう。
景時は一度上げた顔を引いて、九郎に顔を見られないように俯いた。
「………」
「将臣は望美の友人で譲の兄だ。平家の将なわけがないだろう。まして還内府だと?寝言は寝て言うんだな」
最近会ったばかりの将臣だが、何を疑う必要があるというんだ。
怪しいというなら敦盛の方が怪しいだろう。
弁慶はどうかしている。
「―――。そんな夢を見てから考え込んでしまって……。人を疑うのは僕の悪い癖ですね。改めないと」
いつもの笑顔で弁慶は九郎に微笑む。
景時は少し驚いてちらりと弁慶を見る。
「………」
月明かりがあると言っても夜。この距離では九郎の表情までは読み取れない。
あなたはどんな表情をしているんですか?
「ごめんねー。なんか有りそうな話だったからつい相づち打ったりしちゃってさぁー」
沈黙に耐え切れなくなったのか、景時が申し訳なさそうに口を開く。
「あるわけがないだろう!」
「九郎」
景時の一言に逆上した九郎が大声を出すのはいつものことだが、今は夜。
弁慶は、彼を静かな口調で諫めて
「っ」
一瞬押し黙る九郎に笑みを向けた。
九郎は、もう用はないと言わんばかりに踵を返す。長い髪が柱をたたき、そのまま足音を立て行ってしまった。
「………」
残された二人はしばらく言葉を発しなかったが、どうにも気になって、景時は口を開く。
「……夢……?」