いつもの「うまそう!」からはじまった1年9組の昼食。
泉は自分の弁当もそこそこに浜田の弁当に箸を伸ばす。
そして唐揚を1つつまんで口に放り込んだ。
「んおっ泉」
口を開いたのは浜田ではなく田島。
「黙ってもらうのは良くないぞ」
「あ?別にいいんだよ」
「浜田オレにもくれ!」
田島は泉の言ったことなど全く聞かずに、浜田の弁当の唐揚を見つめている。
「どーぞどーぞ」
浜田の弁当の唐揚の量はあきらかに1人分ではない。
食べ盛りの野球部3人組のために大量に詰めてきている。
「うまいっ」
幸せそうな田島の隣で羨ましそうに見つめる三橋にも、弁当を向けてやる。
「ほら、三橋も食っていいんだぞ」
三橋の方に弁当箱を向けたにもかかわらず、再び泉の箸が唐揚を攫っていく。
「エンリョすんなよミハシ」
浜田が作った弁当なのに泉はさも自分のもののように言った。
そんな泉に対して浜田は別に不満を持ってはいない。否、不満ならある。
浜田が毎日作ってきている弁当を、泉は一度もうまいと言ったことがない。
一度泉にうまいと言わせたくて、浜田は毎日試行錯誤を繰り返していた。
「ごちそ――さまでした――――おやすみなさ―――――い」
いつの間にか唐揚も無くなっていて、弁当箱を片付けた田島は元気に叫んで死んだように机に突っ伏する。
三橋も同様に腕に顔をうずめた。
「――の前にオレは便所いってこよ――」
泉は2人とは逆に1人席を立ち、教室を出て行った。
「あ、なぁ泉!」
浜田は、泉にうまいと言わせたいのもそうだが、毎日の弁当をどう思っているのかも聞きたくて、席を立った泉の後を追った。
「なに?」
もう慣れたが泉の態度はかなりトゲトゲしい。同じクラスになって(以前は先輩だったからというのもあるかもしれないが)以前にも増してトゲトゲしいように思う。
しかもオレにはかなり。
「弁当に不満とかある?」
我ながら少し唐突過ぎたかと思ったが、泉にうまいと言わせたいなら「うまい?」と聞いたら逆に絶対に返ってこないのは分かっていた。
「はぁ?別に無ェけど」
これじゃダメだ、もっと、うまいって言わせるような質問は……。
「じゃぁ、今日の唐揚は?」
その質問に泉は少しあごを上げて何かを言い出しそうになって、少し間を空けた。
「………………まぁまぁだな」
まぁまぁってなんだよ。うまいのか?まずいのか?
いや、まずくはないのか。まぁまぁだからな。
「そっか。や、なんか気になんだよ。頼まれたからにはうまいもん作ってやりたいなって思うし」
弁当だけじゃ足りないから一品追加で作ってこい。と言ったのは他でもない泉だ。
泉としては腹が減るからという理由だけかもしれないが、浜田としてはうまいものを食べてほしい。
「なんだよ、タジマもミハシもゼッサンしてんじゃん」
いや、田島とか三橋とかじゃなくてね、泉。オレはお前がどう思ってんのかが気になるわけよ。
「あ――まぁそーだよな」
やっぱダメ――か――、とか思っていると
「だからお前は毎日作りゃいいんだよ」
泉はいつもの命令口調でそう言った。
「まぁ、作るけどさ」
引き受けたことだから途中でやめるなんてことはするつもりはない。
ん、ちょっと待てよ。弁当ははじめに泉に頼まれて、泉に不満はなくて、まぁまぁっていう泉の毒舌は置いといて、三橋と田島が絶賛してるって事には何も言ってなかったし、毎日作ってくれって念押しされたってことは、だ。
良い印象は持ってるんだよな。
てか絶対思ってるよ。言わないだけで。
なんで言わねーんだよ。
くっそ――――いつかうまいって言わせてやる。
田島のような満面の笑顔で!
それはちょっと怖いな…………。