「………」
弁慶から預かった九郎への文。
安全なところに着いたら渡してほしいと頼まれていたものだ。
当然中身は見ていないが、何が書かれているのか見当はつく。
おそらく―――。
「………」
まだ迷っている。
もしかしたら、もうすぐ目の前に現れるのではないか。そう思う反面、今更もう遅いのではないか、そうも思う。
いけない。こんなことではいつまで経っても渡すことが出来ない。
これは大切な、弁慶殿の想いが込められた文。いつまでも私が持っていていいものではないのだ。
「――っ」
敦盛は意を決して、以前より少し小さくなったように見える背に声をかけた。
「九郎殿…」
「なんだ」
九郎の凛とした瞳に見つめたれた敦盛は言葉を失う。だが、必死に弁慶からの文を震える手で差し出し、それが九郎の手に渡ると、
「し、失礼する」
それだけ言って、駆けていってしまった。
「――っ」
九郎には走って行ってしまった敦盛など気にする余裕もなかった。
手渡された文に書かれた文字から目が離せない。
九郎
表にそれだけが書いてある文を開いた。
お久しぶりですね 九郎
と言っても どのくらい経っているのか今の僕には分かりませんが。
無事に安全なところに着いたら、望美さんたちを元の世界に帰してあげてくださいね。
僕は行ってあげることが出来ませんから、お願いします。
九郎
もう二度と、あなたと会うことはないでしょう。
この文があなたの手に届く頃には、僕は
約束を破ってしまってすみません
これも僕の策のうちだと思って許してくださいね。
僕がいなくても、あなたは変わらないでいてください。これが僕の願いです。
顔を上げて、胸を張って、前だけを見ている。
そんなあなたの姿が、僕は好きなんですよ。
今まであなたと共に歩んでこれて幸せでした。
さようなら
文に、ぱたりと涙が落ちる。
「―――っ」
呼吸を乱す九郎は急いで文を濡らす涙を拭って、これ以上汚さないように折りたたむ。
「――っ……?」
折りたたんだ文の後ろに文字を見つけて、にじむ視界をこする。
「…みっとも ない…」
みっともないですよ、九郎
「なっ!……う…」
ここで泣く事も見透かされていたのか。
「弁慶っ。―――……」
腕を広げて大地を埋め尽くす若草に背を預けて、天を仰ぐ。
一面の空。
草のにおい。
風の音。
「………ずるいぞ……弁慶…っ」
目元を赤くした九郎は、頬まで赤く染めて
「………」
空を掴むように手を伸ばす。
弁慶が最期に願った空に。
「……さよなら…か」
この返事に、何を言ったら弁慶は喜んでくれるだろう。
「っ……」
さいごに俺は弁慶に何を伝えたい?
言葉にならないたくさんの想いが涙となって溢れ出す。
「―――」
すまなかった。
そう言おうとしてやめた。
こう言って、弁慶が良い顔をしたためしがない。
弁慶が喜んでくれる言葉。
きっとこれがいい。
これしかないと九郎は口を開いた。
声にはならなかったかもしれないが
「―――――っ」
ありがとう と。