第1章 入部 1話
姫野玲15歳は、この春、高校生になりました。
幼稚園からある大学付属の高校で、僕はその中の数少ない外部生です。自己紹介の時に数えてみたら僕のクラスには外部生が、7人しかいませんでした。2割です。
みんな知らない人だけど、しの先輩も通った道だと思うと、なんだか嬉しいです。
あ、しの先輩っていうのは中学の時の剣道部の先輩で、もう、すっごくカッコイイんですよ。
今日の授業が
終わったら早速会いに……。
あ。チャイムが鳴ったので僕はしの先輩を探しに行こうと思います。
玲は荷物をカバンに詰めて、足早に教室を出て行く。
クラスのほとんどは、中学からの知り合いな上、授業初日はまだ、目立たない外部生にはあまり声がかからない事も幸いして難なく教室を出ることができた。
ふと隣の校舎を見て思う。
たしか、となりの棟は2年生の校舎ではなかっただろうか。あれは、授業をしている?
帰り支度をしているあいだにまたチャイムが鳴っていたような気がするから、2年生は今授業中ということらしい。
学校に慣れていない1年生への配慮なのか、2,3年生より授業が1時間短くなっているようだ。
廊下の真ん中で外を見つめたまま数秒考えた玲は、とりあえず歩き出した。
2年生の授業が終わるまでの1時間、とりあえず学校巡りでもしようと思い立った。
同じ階のクラスをチラリと覗くが、どこも男だらけで、公立中学から来た玲は少し暑苦しさを感じた。が、みんな持ち上がりだからワイワイ楽しそうなのが少し羨ましかったりする。
そんな、まだ帰る人が少ない中、ひとりカバンを持って階段を降りている途中、ふと思い出した。そういえば、この学校には大きな図書館があったような気がする。
それがどこだったかは覚えてはいないが、歩き回っていれば見つけられるだろうと、校内をさ迷い歩いた。
本人に迷っている自覚がないところが一番問題なのだが、図書館は思ったより早く見つかった。
時計を見ると、2年生の授業が終わるまであと30分もある。
スポーツよりも読書の方が好きな玲は、先輩の次にこの図書館が気になっていた。
少し重いドアを開け中に入ると、3階建ての内装は、公共の図書館を思わせる。
それもそのはず、この図書館は高校だけでなく、中学や大学生も共同で利用するため、より大規模な施設が設けてあるとのこと。
1階と2階は北側の窓辺に机が並び、3階は全面に大きな窓があり、1クラスから2クラスは入れるだろうとというほどの机が並んでいる。
2,3年生の授業が終わっていないのに疎らに人がいるのは、大学生が利用しているからだ。
玲は重い荷物を置いて、ゆっくりと本棚を眺めて歩いた。
本の内容ではなく、本棚に並ぶ背表紙を見ていて楽しめるというのは、学校規模の図書館では珍しい。
マイナーな本も数多くあり、新しいジャンルの発見すらあった。
1階の本棚を見終え、荷物を持って2階への階段を上り始めたところで、静かな空間に控えめなチャイムの音がする。
聞き慣れたチャイムの音を、いつも聞くことのない図書館で聞いたことに僅かな違和感を覚えた。
そして思う。
そういえば、なにか用があったのではなかっただろうか、と。
「あっ」
本に夢中ですっかり忘れていた。
先輩を探しに行くという今日最大のイベントを。
2階に行きかけた階段を途中で引き返し、走って行こうと足を踏み出したところで思う。
ここ図書館だった。
玲は走り出しそうになった勢いを抑えて、急いで図書館を出る。
来た時には思わなかったが、急いでいると、この道はものすごく長く感じた。
そういえば先輩がどのクラスかすら知らない。し、2年生の棟ってこっちだよね。
そう考えれば考えるほど焦ってしまう。
図書館から校舎に続く渡り廊下の段差に躓いて転びそうになったのが恥ずかしくて、その勢いのまま廊下を走り出た。
校舎の中に入って暫くすると落ち着いてきて、足を止める。
相変わらず人のいない廊下を見渡す。
ここはどこだろう。迷ったかな?急いでるのに……。
玲は2年生の棟(らしき棟)を目指して歩いていく。
すると校舎の中は少し人の声が聞こえてきて、玲はさらに歩みを進めていくと、そこには帰宅をするだろう先輩らしき人がいた。
ブレザーの胸に付いた学年章を見ても、学年色を覚えてない玲は、2年生なのか3年生なのか分からない。
「あ……あのっ」
玲は、緊張して少し裏返った声で、目の前の先輩を呼び止めた。
「……ん?」
その先輩は、玲の顔の次に胸元を見て何か気づいたように立ち止まった。
新入生には少し親切にしてやろうと思ったのだろう。
「え……と」
呼び止めたはいいが、話すのが得意ではない玲は何を聞けばいいのやら、軽く混乱していた。
「何、迷った?」
新入生が通りかかった先輩に聞きたいことといえば、考えられるのは道を聞くことくらいのものだ。
「あ……はい、あの……人を探していて…」
玲は口ごもりながら、ちらりと上目遣いで先輩を見る。
「2年?ソイツ」
先輩は少し聞き取りずらそうに近づいてきたが、玲は半歩下がった。
「そ、そうです」
玲の声はどんどん小さくなっていって、煩くなってきた廊下ではほとんど聞き取れない。
「名前は?」
先輩はさらに一歩近づいてきて、探し人の名前を聞く。
「しの……浪川忍先輩です」
また半歩下がりたいのを堪えて、しの先輩の本名をなるべくはっきり喉から絞り出した。
「浪川?……剣道部…だっけ?」
記憶を探る先輩の中では、忍は印象の薄い人のようだ。
「そ、そうです…!」